《城址》 「小沢城」 PARTⅢ 神奈川県 No.1 (2011年4月)

城址》 「小沢城」 PARTⅢ 神奈川県 No.1 (2011年4月)

所在 神奈川県川崎市多摩区菅仙谷「小沢城址緑地保全地区内」


「小沢城」PARTⅢです。

PARTⅠの記事はこちら
http://blogs.yahoo.co.jp/shuchan_supra/19760682.html

PARTⅡの記事はこちら
http://blogs.yahoo.co.jp/shuchan_supra/19776397.html


現地縄張り図。※写真右下クリックで拡大可。
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小沢峯頂上(物見台)を西に下ると、西の堀切に出ます。

説明版。※写真右下クリックで拡大可。
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尾根道から北側を見る。
縄張り図によると、先に平場があるようなので、堀底をすすみましたが、
藪っていていまいちわかりませんでした。
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尾根道から南側を見ます。立派に堀が落ち込んでいます。これはすごい!
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小沢峯南の空堀。右手の土塁の向こうは本当に小さな平場になっています。
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さて、更に西、富士塚とある頂きに向かいます。
かなり広い平場に出ました。ここも「馬場」とされているそうです。
ここは「馬場」や居館跡だったのでしょうね。

説明版。※写真右下クリックで拡大可。
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馬場址とされる平場
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ここにはお城の名碑がありますよ!やはりこれはお城址には必要。
でも、これは本来ここではなく、②馬場(主郭)あたりに建てるべきでは??
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他にも、富士塚があります。
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富士登山の碑 説明版。※写真右下クリックで拡大可。
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この平場からは眺めがとてもよいです。前出の小沢峯(物見台)や浅間山山頂はここよりも
標高が高いのでもっと眺めがよかったのでしょうね。是非とも眺望がわかるようにそれらも
整備してほしいものです。
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終着点である、読売ジャイアンツ球場に着きました。ここにも遺構があったんだろうなあ。
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ここから山を下り、前出の「鷹の巣」の説明にも出ていました、「寿福寺」に向かいます。
徳川将軍家の鷹狩の際に、宿泊地になっていたそうですよ。

山を降りたところで、京王よみうりランドが見えました。
城めぐり中、ずーっとジェットコースターの音や歓声が聞こえていましたが、
こんなに近かったのですね。
ちなみに、ジャイアンツ球場のアナウンスや歓声もずっと聞こえていました。
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途中の公園に綺麗な桜が咲いていました。たくさんの桜もよいですが、こういう桜もよいですね。
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寿福寺に着きました。
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寿福寺の説明版。※写真右下クリックで拡大可。
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ここも桜が綺麗でした。小沢城の保存の際にも、こちらのお寺さんが土地を提供してくれたそうです。
ありがたや、ありがたや。
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寿福寺から小沢城のある山を見る。
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登山口は主に4か所ありますが、東西に横断しつつ、南の遊歩道へ寄り道すると大抵の遺構を見られます。縄張り案内の名称の真偽は微妙な気もしますが、わかりやすくつくってあります。鎌倉時代の築城で、歴史のある山城で規模もそこそこです。しかしながら、削平してある平坦地は多いものの、技巧的にはとても単純です。戦国期にはあまり重要視されていなかったかもしれませんね。それでも私にとっては見てまわるのにわかりやすく、面白いお城でした。ウォーキングコースにもなっているらしく、ウォーカーの方とよくすれ違いました。地面ばかり見て、きょろきょろして、すぐに登山道をそれる、明らかに同じ趣味の方にも何人か会いましたけど…。そういえば同じ趣味であろう若い女性もいました。一昔前と違って嬉しいことです。次は近くの枡形山城に行こう。